バゲット慕情


 小麦粉がパンになるまでには、五時間や六時間、種類によってはそれ以上の暇がかかる。

園田の毎朝の業務開始は五時半だが、その時点からすべての作業を始めていては、商品の完成が開店に間に合わない。

したがって、午前中に焼き上げるべきパンは、前日から仕込んでおく。


 パン製造は、計量とミキシングに始まり、生地をこねる、一次発酵をする、生地を分割して丸める、ベンチタイムをとる、成形する、最終発酵をする、焼く、という過程を経るのが一般的だ。


 前日に仕込みをする場合は、生地の成形までをすませ、これを冷蔵庫で保管する。

翌朝の作業は最終発酵と焼成だけなので、二時間ほどで、焼きたてのパンを店頭に並べることができる。


 ただし、フランスパンのように、粉、パン酵母、水、塩という基本材料のみから作られるものは、夜をまたぐ長時間発酵が難しい。

フランスパンは、当日に仕込みから始めるので、いつもの時間配分では午後にしか焼き上がらない。


「でも今回は、長時間発酵をやってみるのね」


「や、焼きたてを、差し上げたいので」


「張り切ってるわね。

華ちゃんに男を見せるチャンスだものね」


 園田の目が宙をさまよった。


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