カフェには黒豹と王子様がいます
 ふっと視線が私の唇の方に行ったのがわかって、下を向いてしまった。

「ごめん」

 徳永先輩は空を仰ぎ見た。

 謝るのは私の方。

 徳永先輩を苦しめているのは私。

 徳永先輩の私への気持ちを利用しているのは私。

 そっと手を離すと、逆に腕をつかまれて、抱き寄せられた。

「いいよ。いいんだ。わかってる」

 何をわかってるの?

 私は徳永先輩を利用しようとしてるんだよ?

 本当に分かってるの?

「僕のそばにいてくれるなら、その声は必ず僕が直してやる」

 優しい……優しいこの人のそばにいれば、小野田先輩のことを自然に忘れられるかもしれない。

 バイトも正式にやめよう。

 声が出ずに役立たずのままバイトに籍を置いておくのは申し訳ない。

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