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どれくらいここで佇んでいたのかも分からなかった。

2本目のタバコが吸い終わる頃。


「…翔さん、」


諒也の声で視線を上げる。


「悪かったな」


俺はポツリと呟き、吸っていたタバコを隣にある灰皿に押し潰す。


「俺は翔さんの言ってることは間違ってはないと思う。でも正直、俺はどっちの答えが正しいのかなんて分かんない」

「……」

「でも、さっき実香子さんが言ってた。看護師になるのが夢だったって。だから、あー…そっかって思った」

「……」

「美咲の事、引き戻せねぇなって、だから――…」

「俺も分かんねぇよ。どうしたらいいか。でも俺も後悔したくねぇんだよ」

「……」

「ごめんな。…葵ちゃんは?」

「車で待ってる。明日、学校が終わってから来るって言ってた」

「そう」

「んじゃあ、帰るわ」


諒也が帰った後、暫くしてから俺はもう一度、さっきいた場所に戻る。

だけど閉ざされていたカーテンが全開に開き、そのガラス越しから中を除くと、誰の姿もなかった。


「…あの、すみません」


近くを通りかかった看護師さんを呼び止め、俺は集中治療室に視線を向けた。


「はい。どうかされましたか?」

「さっきまでここに居た人はどこに行かれましたか?」

「あ、新山さんですか?病室に移られましたよ。516号室です」

「ありがとうございます」


軽く頭を下げ、その病室へ向かうと、ベッドに寝ている美咲のお母さんの点滴を実香子が触っていた。
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