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「どう?ちょっとは落ち着いたの?」


俺を見た実香子が点滴を触りながらチラッと視線を向けた。


「……」

「なに?また無視?」

「……」


クスクス笑う実香子は寝ているお母さんのシーツを整え、俺を見てため息を吐き出した。


「無理してたのかなぁ…。新山さんってさ、翔くんの大切な人のお母さんだったんだね」

「……」

「留学してるんだってね。さっきここに居た女の子が言ってた」

「……」


実香子がテーブルに置いてあったバインダーを手にし、その上にある紙に記入しながら淡々と口を開いた。


「それで言い合ってたの?」

「……」


書き終えたバインダーを手にしたまま俺を見た実香子が、頬を緩める。


「大丈夫だよ。何かあったら翔くんに連絡する」

「…ごめん」

「うん」

「どうしたいいいのか分かんねぇの。昔の事、思い出して」

「うん」

「俺、お袋の看病とか、お袋が入院してても何も傍で居なかったから。だから傍に居る事が正解だって思ってるけど、でも――…」


美咲を連れ戻す勇気がない。

美咲をお母さんの傍に居させてあげようって思うけど…

その続きの言葉が全く出てこなかった。


「大切にするほど自分の夢を壊す時があるからね。私は翔くんの選択が正しいのかどうか分からないけど、それが間違ってたとしても、きっと彼女は受け止めてくれるよ」

「……」

「大丈夫。何かあったら必ず翔くんに電話するから」

「悪いな」

「今から仕事?」

「あぁ」

「そんな調子で行けるの?」

「行かねぇとお前の男がうっせぇし」

「なにそれ。誰の事よ」

「流星しかいねぇだろ」

「悪いけど、私達付き合ってないから」

「あー…そうなん?」


てっきりより戻したのかと勝手に思ってた俺は、実香子を見つめた。
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