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「ちょ、れ、蓮くん待ってよ」

「ほっとけよ、あんな奴」

「もぉ、翔くんも落ち着いて。なんでそんなに喧嘩してんのか知らないけどここ病院だから。廊下まで聞こえてる。みんなに迷惑だよ」

「…ごめん」

「ほら、翔くん腕から血が出てるからベッドに座って」


実香子に言われ腕を見ると、きっきまで刺さっていた針の所から一本線に血が流れていた。

ベッドに座り実香子の前に腕を差し出し深くため息を吐く。


「もぉ、勝手に針抜いちゃダメだよ。新しい針持ってくるから待ってて」


血をふき取った実香子は困った顔をして病室を出ていく。

未ださっきまでの蓮斗に苛々し、俺は寝転んで頭までシーツを被った。


「…翔くん、まだ半分残ってるから腕出して」

「ん、」


言われるがまま俺はシーツから左腕を出し、実香子に差し出す。


「もぉ、ほんとに困った患者さんだよ」

「……」


そう言いながら実香子は俺の腕に針を刺した。


「絶対、抜かないでよ!」

「ん。…なぁ、俺っていつまでここにいんの?退院してーんだけど」

「まだダメだよ。このまま帰ったら絶対、翔くんお酒に溺れるもん」

「溺れねぇわ」

「今はゆっくりしたほうがいいよ。みんなそう思ってる」

「思ってねぇだろ、んな事。俺のことなんか何も思ってねぇよ」

「なのにあなたは他の人の事を心配するのね」

「……」


クスクス笑う実香子の声が聞こえる。


「梨々ちゃんの事で怒ってたんでしょ?翔くんはいつも人の為に怒るよね。昔っからそう。人の事ばーっか気にして自分のことは後回しなの?」

「……」

「でも今は自分の事、優先して。蓮くんも何も考えてるわけないと思うよ。私も婦人科の先生に色々聞いてみるから」

「……」

「はい。熱もないし、脈も安定。私、もう帰る時間だから点滴終わったらナースコール押してね。じゃあ、また明日ね」

「明日も来んの?」

「当たり前でしょ!ここで働いてんだから」


実香子の言葉に俺はクスクス笑う。

ま、そりゃそうだけど…


「じゃあ、おとなしくね」

「ん、」


実香子が出て行った後、いつの間にか瞼を落としていた。

目を覚ました時には既に腕から点滴が外されていて、いつ誰が来たのかも分からなかった。
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