今しかない、この瞬間を
あの日、はっきりと「好き」だと言われた訳ではない。

だけど、田澤さんの言う言葉には、どれも心をくすぐるような甘い響きが含まれていた。


予想外の展開に私はただ戸惑うばかりで、一緒にいたのはほんの数時間なのに、会話が成立していない瞬間が何度も訪れた。

それでも、田澤さんはニッコリ微笑んで、終始、大人の余裕を漂わせていた。


緊張に耐えられず、挙動不審気味になる私を包み込むような温かさと、しっかり受け止めてくれる安心感。

この人といたら絶対に幸せにしてくれるんだろうなって、誰が見ても思うに違いない。


それなのに、なかなか落ちない私は可愛くない女だ。

たいして魅力的でも、美人でもないくせに、ものすごい贅沢をしているのはわかっている。


でも、勢いに負けて、ここで思わせぶりな返事をしまったら、きっと後悔するに決まっている。

自分の心の中に住んでいる人が誰なのかは、嫌と言うほど自覚している。


チャラくても、鈍感でも、不器用でも、飾らずに真っ直ぐな優しさをくれる彼が好き。

この気持ちは簡単には変えられない。


さっきは、思わず「バカ」とか言っちゃったけど、朱美さんがいなくなっちゃって、彼だって寂しいんだよね。

その時が来たら支えてあげるんだって決めてたはずなのに、どうすればいいのか方法も思いついてないくせに、ブチ切れてる場合じゃないじゃん。


彼だって、悪気があって言ったんじゃない。

もしかしたら、本当にそう思ってるのかもしれないし。


とにかく、誤解を解かなくちゃ。

そして、そろそろ、ちゃんと気持ちを伝えるべきなのかな.......
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