冷徹なカレは溺甘オオカミ
「っ、い、なみ、くん、」



わずかなキスの隙間に、彼の胸元にすがりつきながら、濡れた声で名前を呼んだ。

一瞬、彼の動きが止まる。とろりと薄くまぶたを開けた先で、微妙な変化ながらも印南くんは困ったように笑っていた。



「、印南くん?」

「ちょっと……それは、反則です」



初めて見るその表情のまま、わけがわからないわたしを差し置いて、彼の手がやさしく前髪を撫でる。



「……それを無意識にやるんだから、おそろしいひとですよ、あなたは」



こちらが次の言葉を発する前に、また食べられてしまう。

頭がぼんやりしてしまうほど激しく翻弄するくちびるは、それでもやさしくて。

もう何も考えられないまま、けれど頭の片隅では、もはや引き返せないほどの引力を彼に感じる。



「んっ、な、なんでこんな、いきなり……っ」



あの“業務命令”の日から、ずっと、わたしたちはつかず離れずの距離を保っていたのに。

切れ切れながらも問いかければ、彼は熱い息をこぼす。



「は、……いきなりじゃ、ないです」

「、」

「俺はずっと、こうしたいと思ってました」



──『ずっと』って、いつから?

そう訊ねたいのにあっさりまたくちびるを塞がれて、それは叶わない。


だめなのに。離れるって決めたのに。

だけど、きっともう、遅い。


諦めにも似た感情で切なくなりながら、長いキスの間中ずっと、印南くんのシャツの胸元を握りしめていた。
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