冷徹なカレは溺甘オオカミ
警察署での事情聴取が終わり、わたしたちが帰路につけることになった頃。

すでに時刻は、21時半をまわっていた。



「柴咲さん、大丈夫ですか?」



ぼんやりして玄関先の階段で足を踏み外しかけたわたしの身体を軽々支えながら、印南くんが訊ねてくれる。



「……うん」



ふらふらと地面に降り立ち、こくりとうなずくけれど。印南くんはその返事をまったく信用していないらしく、並んで歩きつつもわたしの肩を抱いて引き寄せた。


いろんなことがありすぎて疲れたのか、頭がぼーっとする。

それと泣いたせいで、目元も腫れぼったいし。



「……印南くんって、柔道とかやってたの?」

「え?」

「だってさっきの、背負い投げ」



頭の片隅で気になっていたことを、ふわふわした気分のまま訊ねてみる。

わたしの質問に、先ほどの大捕物の際にとった自分の行動を思い出したらしく、「ああ、」と印南くんはつぶやいた。



「いえ、なにも。柔道は、高校生のとき体育の授業でやった以来です。意外と身体は覚えてるもんですね」

「……すごいね……」

「俺も必死だったんですよ、あのとき」



言いながら肩をすくめた彼は、前を向いて続けた。



「とりあえず、明日が土曜日なのが幸いですね。ゆっくり身体を休めてください」

「………」



そのつぶやきに、わたしは黙ったまま視線を落とす。


ここに移動する前、警察立会いのもと確認したわたしの部屋に、あの男が侵入した形跡はなく。朝出勤したときと、変わらない姿を保っていた。

それでも、こうして事件が解決した今でさえ、ひとりであの家に帰るのがこわい。

見知らぬ男が、鍵をこじ開けようとした家。そんな場所に帰ったところで、何もかも忘れて休息することは到底出来そうになかった。
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