冷徹なカレは溺甘オオカミ
「……鈴音さんに、悪いよ」



わたしはぎゅっと両手のこぶしを握りしめ、わざと毅然とした態度で彼と目を合わせた。



「こんなときまで、恋人のフリしなくていい。自分のことは、自分でできるから」

「じゃあ、俺も言わせてもらいますけど。こんなときにまで、意地張らなくてもいいです」



そう言った印南くんが、なんの躊躇もなくわたしの右手を掴んだ。

驚いて振りほどこうとするけれど、それよりも先に大きな手でしっかりと包み込まれる。



「……まだ、震えてるくせに。こんな状態のあなたを、ひとりにはできません」

「ッ、」



ひどい。印南くんは、ひどい。

わたしの弱いところを、的確に突いてくるなんて。


また涙腺が緩みかけたから、眉間に力を入れてぐっとこらえた。

もはや虚勢を張ることもできなくなっているわたしを見下ろして小さく微笑んだ印南くんは、だけど不意に、その顔を真摯なものにする。



「それに、鈴音についても──柴咲さんにちゃんと、お話したいことがあります」



一瞬怯んでしまったけれど、少し迷ってから、無言でうなずいた。

……いよいよ、本格的に振られるんだな、わたし。

もしかしたら印南くんは、わたしの気持ちに、気づいていたのかもしれない。


でも、……でも──……今夜だけは、同情でもなんでもいいから、一緒にいて欲しかった。

ひとりきりに、しないで欲しかった。


繋がった手。控えめに握り返すと、さらに力強く包み込んでくれるから。

わたしはまた、泣きたくなった。
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