冷徹なカレは溺甘オオカミ



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「瀬川さんのことなんて、なんとも思ってないです……!」

「嘘ばっかり。おまえ、俺のことがすきなんだろ?」



そして瀬川さんは、熱くほてった私の手首をベッドに押さえつけて──。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆



そこまで読み進めたところで、わたしは手にしている文庫本をパタリと閉じた。

ものすごくいいところではあるけれど、そろそろ自分が降りなければいけない駅だ。続きは帰りの電車か、家に帰ってからにしよう。



「(……ああ、俺様イケメン御曹司の瀬川さん、胸きゅんだわ……)」



この本は、最近のわたしの癒し。

レースの飾りがついた、リネン生地の生成り色ブックカバーに隠されているのは、黒髪のイケメン男子が事務服姿の女の子を壁に追いつめて顎クイをしているという、女子なら憧れのシチュエーションな表紙イラストだ。

手触りのいいお気に入りのカバーを撫でて、ふうとひとつ息を吐く。


……まあ、わかってるんだけどね。小説の中に登場するイケメン御曹司やらイケメン社長が、現実にはそうそうお目にかかれないイキモノだということは。

ウチの社長なんて、オランウータンみたいな顔のただのおっさんだしな。はっはっは。


それでも、女子の夢がたくさん詰まった恋愛小説は読んでいると素直に胸が高鳴るし。

物語に没頭している間は、現実のアレコレなんて忘れさせてくれる。

……どうせわたしには、こーんな素敵でドラマチックな恋愛の気配なんてまったくないしね。
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