冷徹なカレは溺甘オオカミ
「……いいですよ。その業務命令、承服しました」

「え、」



つい、間抜けな声がもれてしまった。

ぽかんとしてるわたしを見下ろして、印南くんが軽く首をかしげる。



「なんですか。業務命令だと言ったのは、柴咲さんでしょう」

「や、まあ、そうだけど……ほんとに、いいの?」



だってこちらとしては、1日がかりな勢いで説得だと思ってたのに。

まさか密室に連れ込んで、10分弱で話がまとまるとは……。



「『据え膳食わぬは男の恥』って言葉もありますから。考えてみれば柴咲さんは美人ですし、俺にとって悪い話ではないです」

「え、あ、ありがとう……」

「──あなたの“お願い”なら、なんでも聞きますよ」



にこりともしないで、だけどじっとわたしを見すえたまま、印南くんはそうのたまった。

いつもの無表情なのに。今目の前にいるのは、会社の後輩くんなのに。

勘違いしてしまいそうな甘い言葉も、自分の手を握る男性の大きな手の感触にも慣れていないわたしは、馬鹿正直に胸を高鳴らせてしまう。


……命じたのは、わたしだけどさ。いくらこっちが年上とはいえ、さすがに従順すぎじゃないの、印南 大智。

でも、まあ、これが彼のスタンスなのか。

内心あせりながら、さりげなく、掴まれた手を振りほどいた。



「あの、じゃあ……お願い、します」



動揺を悟られないよう、印南くんから視線を外してつぶやく。

なんか……最初はこっちのペースだったのに、いつの間にか、立場が逆転しているような。


そっと視線を戻してみれば、彼は考えがまったく読めない無表情で、少し歪んでしまった自分のネクタイを直しているところで。



「仰せのままに。柴咲センパイ」



……えーっと。

業務命令、成功?
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