冷徹なカレは溺甘オオカミ
「……ふう」



息を吐きながら一度まぶたをおろして、またゆっくりと、開ける。


──うん、大丈夫。

わたしは、彼に恋をしたりなんかしない。恋になんて、落ちない。

これ以上、彼に迷惑なんか、かけられない。


今の“偽恋人”の関係も、そのうち自然と終わるはず。

そのときに、ただ笑って「ありがとう」と言える自分で、いなければ。



「すみません柴咲さん、このオーダーの件なんですけど」

「うん?」



いつも通りの無表情でわたしを呼ぶ彼に身体を向けて、伝票を指し示すその手元を覗き込む。



「どれ?」

「この、納入条件のところで──、」

「……うん、」



……彼の指先が。長いまつ毛が。

少しだけ特別に見えるなんて、きっと、気のせいだ。
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