冷徹なカレは溺甘オオカミ
「い、印南くん、そんなこと会社では、」

「会社じゃなかったらいいんですか?」

「そういう問題じゃなくて……!」



──ああ、もう。

わたし、ダメだ。なんだかどんどん、印南くんのペースに巻き込まれてる。

最初は、……始まりは、“業務命令”なんて言葉を使って、わたしの方が巻き込んだはずなのに。


……もしかして、ほんとは違った?

最初から、わたしは彼に、引き込まれてたの?


昼休みが終わりに近づいてきて、次第にオフィスに戻ってくる人たちが増える。

印南くんはもういつもの無表情で、頬杖をつきながら自分のデスクのパソコンを眺めていた。

そんな彼を視界に入れないよう、わたしはスマホを見るフリをして、必死に平静を装う。


……まずい。これは、まずい。

なんでわたし、印南くんの言動に、あっさりドキドキさせられてるの。

だって、あの一度きりの身体の関係だって、蓋を開ければ“業務命令”で。

お互いそこに、特別な感情なんて、なくて。



「………」



隣りの印南くんには気づかれないよう、静かに、深呼吸を繰り返す。


……落ち着け、柴咲 柊華。

あんたそんなに、ちょろい女だったわけ?

印南くんは同情で、わたしに関わってくれてるんだから。……同情で、抱いてくれただけなんだから。

なのにそれがキッカケで、たとえばわたしが印南くんをすきになっちゃったりしたら、バカみたいじゃない。

そんなの、……印南くんからすれば、迷惑なだけじゃない。
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