心宿星
睫に炎が宿り、眼窩まで埋め尽くす。唇を啄ばみ、耳朶を噛む。赤く染まる視界の向こうに夜の闇が透ける。あたしは思い出したくもない記憶を、火に放り込んだ。
日に日を重ね、夜に夜を積み、一年が過ぎても何の手掛かりも得られなかった。東の果てなる暁の水府を訪ね、炎樹の林を彷徨い、北の黒き峻嶺を越え、溶岩たぎる祠を虚しく眺め、それでも何も見つからない。
季節が三度巡り、里や畑が氷に閉ざされつつあるのに、あたしたちは希望が次々に砕かれていくのを見つけるばかりだった。
虚しく当てのない旅路を続けるうち、荒れて乾いていく心を、晶鵠は穏やかに潤していた。彼女がそのしっとりとした微笑を湛え、傍にいるだけで、あいつの心が和むのが分かる。いつか、掛け替えのない存在に変わるほどに。
あれは旅を始めて五年目の夏、あたしたちは偶然にも天狼の郷里を通りかかった。
ひどく寒かったのを覚えている。肌を刺す冷たさよりもむしろ、心を凍らせるその現実が。
里には何もなかった。家も人も何も。ただ小さな氷の欠片だけが風に弄ばれている。象牙や茶や赤黒い色をしたその破片は、凍結したまま粉々に砕けた、里人たちだった。
膝を付いた天狼の背が、小さく震えていた。腕を伸ばし、友人たちの亡骸を掌にすくう。けれど固く凍らされたそれは、触れたとたん砕け、砂のようにこぼれていく。
立ち上がり、振り向いたその時の、あいつの眼差し。真っ直ぐなその双眸が、悲しみと怒りに染まり、きつく己を責め立てている。
「天狼…」
あいつの耳朶に届いたのは、晶鵠の柔らかな声だけだったろう。ようやく絞り出したあたしの声は、乾いてひび割れて掠れ、音にはならなかった。声を掛けるよりも早く、晶鵠だけを求め、呼んでいるあいつの瞳を見てしまったから。あいつの腕があたしの脇をすり抜け、彼女の肩を抱き寄せるのを見てしまったから。
気付かぬ振りをしていた事実を、逃れようもないほど残酷に、突きつけられてしまったから。
踵をじわりと焼いた炎は、その赤い舌先に足指を含み、膝頭を撫で、乳房を焦がす。
あたしを燃やしながら夜空を巡るこの星の炉を、あいつはどこかで見ているだろうか。
あたしはまた別の記憶を火にくべた。
日に日を重ね、夜に夜を積み、一年が過ぎても何の手掛かりも得られなかった。東の果てなる暁の水府を訪ね、炎樹の林を彷徨い、北の黒き峻嶺を越え、溶岩たぎる祠を虚しく眺め、それでも何も見つからない。
季節が三度巡り、里や畑が氷に閉ざされつつあるのに、あたしたちは希望が次々に砕かれていくのを見つけるばかりだった。
虚しく当てのない旅路を続けるうち、荒れて乾いていく心を、晶鵠は穏やかに潤していた。彼女がそのしっとりとした微笑を湛え、傍にいるだけで、あいつの心が和むのが分かる。いつか、掛け替えのない存在に変わるほどに。
あれは旅を始めて五年目の夏、あたしたちは偶然にも天狼の郷里を通りかかった。
ひどく寒かったのを覚えている。肌を刺す冷たさよりもむしろ、心を凍らせるその現実が。
里には何もなかった。家も人も何も。ただ小さな氷の欠片だけが風に弄ばれている。象牙や茶や赤黒い色をしたその破片は、凍結したまま粉々に砕けた、里人たちだった。
膝を付いた天狼の背が、小さく震えていた。腕を伸ばし、友人たちの亡骸を掌にすくう。けれど固く凍らされたそれは、触れたとたん砕け、砂のようにこぼれていく。
立ち上がり、振り向いたその時の、あいつの眼差し。真っ直ぐなその双眸が、悲しみと怒りに染まり、きつく己を責め立てている。
「天狼…」
あいつの耳朶に届いたのは、晶鵠の柔らかな声だけだったろう。ようやく絞り出したあたしの声は、乾いてひび割れて掠れ、音にはならなかった。声を掛けるよりも早く、晶鵠だけを求め、呼んでいるあいつの瞳を見てしまったから。あいつの腕があたしの脇をすり抜け、彼女の肩を抱き寄せるのを見てしまったから。
気付かぬ振りをしていた事実を、逃れようもないほど残酷に、突きつけられてしまったから。
踵をじわりと焼いた炎は、その赤い舌先に足指を含み、膝頭を撫で、乳房を焦がす。
あたしを燃やしながら夜空を巡るこの星の炉を、あいつはどこかで見ているだろうか。
あたしはまた別の記憶を火にくべた。