心宿星
あちこちを放浪した末、あたしたちは夜の闇に浮かぶ星の炉が、唯一朱雀の代わりを務め得ることを知った。だがその炉の焔は絶えて久しく、再び火を点す術を知るのは朱雀しかいない。急ぎ、あたしたちは朱雀の棲まうという赤夏山に向かった。
広大なその山を手分けして探すことになり、朱雀の元に辿り着いた時、あたしは一人だった。
「火種として己を燃やし、薪の代わりに記憶を一つ一つ火にくべよ」
星の炉に火を点す方法を訊くと、いとも簡単に瀕死の朱雀はそう告げた。
「あの炉は邪鬼の呪いによって火を禁じられておる。その禁を破れるのは生命の炎のみ。新たな朱雀が生まれるは、今より百年の後。…人ひとりを燃やすのだ、どうにかその間は保つだろう」
朱雀は冷淡なまでに事実だけを語る。言葉を飾っても仕方がないというふうに。あるいは、あたしが断っても構わないというふうに。
星の炉に必要なのは火種になる誰かであって、それがあたしである必要はない。偶然この場にはあたししかいなかった、だから朱雀はあたしにだけ話した。ただそれだけのことなのだ。
犠牲はあたしでも他の誰かでも、結果は変わらない。たとえ、それが天狼でも……晶鵠でも。
彼女の顔が浮かんだとたん、心臓からどす黒い炎が燃え上がり、一瞬にして彼女を焼き尽くす。これを現実に変えてしまえる。そう自分に囁いてみる。けれどもその炎は、次の一瞬には消えてしまった。
できるはずもないのに。焼け爛れて痛む心臓を鎮めて、あたしは自分が火種になると朱雀に伝えた。
「火辰よ、お前は生きながら焼かれ続ける」
思わずあたしはひっそりと嗤った。行き場のない想いに身を焦がされるのと、実際の焔に焼かれるのと、いったいどこに違いがあるだろう?
「総ての記憶は火にくべられる。些細であれ、重要であれ」
重ねられる朱雀の言葉に、唇がさらに歪む。消し去る術が分からずに苦しんでいるこの想いを、跡形もなく燃やし尽くしてくれるのなら、それこそ本望。
「肉体も記憶も焼かれ、果てに待つのは完全なる死だ」
死ぬのは怖くない、なんて詭弁は言わない。けれどそれで終わりになるならば、それでいい。あいつの心が誰にあるかを知ってからずっと、その事実から目を背けられなくなってからずっと、あたしは終わりを望んでいたから。
命が尽きることよりも、あいつにあたしの死を知られることの方が怖かった。
郷里の家族や友人を喪った時、あいつがどれだけ悲しみ、彼らを救えなかった自分を責めたか。同じ想いをさせることだけは、絶対にしない。
どこかであたしが生きていれば、たとえ遠くに離れていても、もう二度と会えなくても、あいつは苦しんだりしない。あたしが生きてさえいれば、あいつは容易くあたしを忘れ、そうして幸せに暮らしてゆくだろう―晶鵠と。
だから、あたしはどこかで生きてなくてはいけない。ただの友人のまま、どこか遠くで。
やがて朱雀のもとにやって来た天狼たちに、あたしは朱雀から火を点す言霊を授かったことと、星の炉の中にあたし一人だけで入らねばならないことを告げた。
「あたしは単に火が消えないよう、番をしていればいいだけ。ただそれだけのことよ」
軽やかな口調で告げたあたしの嘘を、あいつは少しも疑わなかった。
爪が焼け落ち、肉が灰も残さずに消え、剥き出しになった骨すら燃えてゆく。叫ぶ声さえ火に変わる。
星の炉はあたしの点す火を抱いて、夜毎の闇を照らし天と大地を温める。
十年が過ぎ、二十年が過ぎ、もう時が分からなくなった頃、新たな朱雀が生まれたと知った。
もはや鼓動すら打たない心臓だけが、炎を噴き上げている。後はただ、この心が果てるのを待てばいいだけ。
また一つ、あたしの記憶が火に変わる。
広大なその山を手分けして探すことになり、朱雀の元に辿り着いた時、あたしは一人だった。
「火種として己を燃やし、薪の代わりに記憶を一つ一つ火にくべよ」
星の炉に火を点す方法を訊くと、いとも簡単に瀕死の朱雀はそう告げた。
「あの炉は邪鬼の呪いによって火を禁じられておる。その禁を破れるのは生命の炎のみ。新たな朱雀が生まれるは、今より百年の後。…人ひとりを燃やすのだ、どうにかその間は保つだろう」
朱雀は冷淡なまでに事実だけを語る。言葉を飾っても仕方がないというふうに。あるいは、あたしが断っても構わないというふうに。
星の炉に必要なのは火種になる誰かであって、それがあたしである必要はない。偶然この場にはあたししかいなかった、だから朱雀はあたしにだけ話した。ただそれだけのことなのだ。
犠牲はあたしでも他の誰かでも、結果は変わらない。たとえ、それが天狼でも……晶鵠でも。
彼女の顔が浮かんだとたん、心臓からどす黒い炎が燃え上がり、一瞬にして彼女を焼き尽くす。これを現実に変えてしまえる。そう自分に囁いてみる。けれどもその炎は、次の一瞬には消えてしまった。
できるはずもないのに。焼け爛れて痛む心臓を鎮めて、あたしは自分が火種になると朱雀に伝えた。
「火辰よ、お前は生きながら焼かれ続ける」
思わずあたしはひっそりと嗤った。行き場のない想いに身を焦がされるのと、実際の焔に焼かれるのと、いったいどこに違いがあるだろう?
「総ての記憶は火にくべられる。些細であれ、重要であれ」
重ねられる朱雀の言葉に、唇がさらに歪む。消し去る術が分からずに苦しんでいるこの想いを、跡形もなく燃やし尽くしてくれるのなら、それこそ本望。
「肉体も記憶も焼かれ、果てに待つのは完全なる死だ」
死ぬのは怖くない、なんて詭弁は言わない。けれどそれで終わりになるならば、それでいい。あいつの心が誰にあるかを知ってからずっと、その事実から目を背けられなくなってからずっと、あたしは終わりを望んでいたから。
命が尽きることよりも、あいつにあたしの死を知られることの方が怖かった。
郷里の家族や友人を喪った時、あいつがどれだけ悲しみ、彼らを救えなかった自分を責めたか。同じ想いをさせることだけは、絶対にしない。
どこかであたしが生きていれば、たとえ遠くに離れていても、もう二度と会えなくても、あいつは苦しんだりしない。あたしが生きてさえいれば、あいつは容易くあたしを忘れ、そうして幸せに暮らしてゆくだろう―晶鵠と。
だから、あたしはどこかで生きてなくてはいけない。ただの友人のまま、どこか遠くで。
やがて朱雀のもとにやって来た天狼たちに、あたしは朱雀から火を点す言霊を授かったことと、星の炉の中にあたし一人だけで入らねばならないことを告げた。
「あたしは単に火が消えないよう、番をしていればいいだけ。ただそれだけのことよ」
軽やかな口調で告げたあたしの嘘を、あいつは少しも疑わなかった。
爪が焼け落ち、肉が灰も残さずに消え、剥き出しになった骨すら燃えてゆく。叫ぶ声さえ火に変わる。
星の炉はあたしの点す火を抱いて、夜毎の闇を照らし天と大地を温める。
十年が過ぎ、二十年が過ぎ、もう時が分からなくなった頃、新たな朱雀が生まれたと知った。
もはや鼓動すら打たない心臓だけが、炎を噴き上げている。後はただ、この心が果てるのを待てばいいだけ。
また一つ、あたしの記憶が火に変わる。