恋、物語り




30メートル先の曲がり角を急いで曲がった。


「ーーっ!?」


彼は塀にもたれかかって泣いていた。
大きな右の手を眉間に当てて、静かに泣いていた。

ザッーー…
下駄が擦れる音。その音に反応して彼はこちらを見た。



「小林くん…」

この数週間で、どれだけ彼を悩ませたのだろう。
どれだけ彼を傷つけただろう。


「アヤ…?」

彼の声が唇から漏れる。
か弱くて細くて、いつも元気な彼からは想像がつかないほど小さな声だった。



「どうしたの?」
腕で目を擦って、明るく言った。
「…あはは。変なところ見られちゃったね」


彼から目が離せなくてーー…


「小林くん、ごめんね。
はっきりさせなきゃいけないこと、濁して。
私はズルい…。」

そう、ズルいの。
悪い人になりたくない。いい人でいたい。

だから逃げる。
だから問われる質問にいつも向き合わない。


だけどーー…

「小林くんが振られた理由を聞きたいなら話さなきゃと思ったの。
私……っ。
あなたが思ってるような人じゃないよ。
きっと、嫌になるよ…?」


向き合わなきゃな、って思ったの。
彼の真っ直ぐにくる気持ちに。


< 64 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop