ペットな彼女
ペットの告白

でも、そんなトラウマも蹴散らさなければならない大事件が起きたのだ。

昨日智明さんと一緒にベッドで微睡んでいたら、何でもないことのように言われたのだ。
「俺、来月実家の大分に帰るから。そのまま実家継ぐからもう美晴とはお別れだな。」

私は何を言われたのか分からなかった。
一瞬どころか、軽く1分は固まってしまった。

ここは東京。
智明さんが大分に行ったらもうこんなふうに会いたいとき会える生活は送れなくなる。
あと1年後、大学を卒業して資格をとって、智明さんと一緒に働く事だけを目標に頑張ってきた私は目の前が真っ暗になる気がした。

「どうして?どうしても帰らなくちゃいけない理由があるの?」

智明さんは自分の実家が旅館を営んでおり、そこの料理長として将来働いていくためにウチの店で修行してきたと話してくれた。
元々30歳になったら実家に帰ると決めていたみたいだ。
私にとっては初耳で、智明さんのことを何も知らなかったことにもかなりショックを受けた。


…あと1ヶ月しか一緒にいられない。

「私は智明さんのペットなんだよね?私のことも連れていってくれるんだよね?」

藁にもすがる思いで私が聞くと「美晴には本当の家があるだろ。俺が預かるのはもうお終い。」とあっさり別れを宣言されてしまった。

何重ものショックで呆然とする私なんてお構いなしで智明さんは再び私の体に指を這わせる。

嘘。
嘘だよね?
だって、責任とってくれるんでしょ?
智明さん以外なんて私は考えられないの。

理由のない涙が頬を伝う。
智明さんは私の唇を塞ぎ熱い息を私の口内を注ぎながら体を深く繋げる。

苦しい。
別れが分かっているのに、どうして…



だから、私はトラウマを克服しなければならない。
智明さんに伝えてからじゃないと、離れ離れなんて生活できない。



****

智明さんの部屋で帰りを待っていると、疲れた様子でいつものように帰宅した彼を迎える。

「美晴、今日も来てたんだ。よしよし、いい子だな。」

頭をわしゃわしゃと撫でられて、完全にペット扱いする。
その両手を掴んで止めさせてから、智明さんを見上げる。

「あのね、智明さんにちゃんと聞いてもらいたい話があるから、来たの。」

「美晴が俺の家に理由があって来るなんて珍しいな。なんだ?話して。」

智明さんは私を抱っこするとそのままベッドに向かう。

私を下ろすと、私が話す前に唇が塞がれて智明さんの指が私の服の中に入ってきた。

「や、だ。智明さん、話聞いてくれるんじゃないの?」

「はいはい。じゃあ、どうぞ。」

智明さんは仕方なさそうに私の服を軽く直すと後ろから抱きしめてくる。

「あの、ちゃんと向かい合って話したいから離してもらえる?」

「じゃあ、これでいい?」

今度は横抱きにされた。
まぁ、顔が見れるから良しとしよう。

緊張で指が震える。
心臓もありえないくらいドクドク煩い。

「智明さんが好き。ずっとずっと智明さんだけが好きなの。」

「…うん。」

「だから、私これからも智明さんのそばにいたい。」

「美晴の気持ちは嬉しいよ。」

あ、駄目なんだ…
智明さんの表情で分かる。

「でも、俺は大分に帰らなくちゃならない。美晴は連れていけない。」

「どうして?私大学卒業したら、大分に行く!智明さんのペットでいる!ずっと一緒にいたいの!」

「美晴……、悪いけど俺にはもう決められた結婚相手がいるんだ。だから、美晴の気持ちには応えられない。」


新たな事実に「え…」と私の思考回路が途切れる。

溢れそうな涙を堪えてどうにか震える声を出した。

「…そうだったんだ………その人とずっと付き合ってたの?だから、私はペットだったの?」

「いや、まだ会ったこともない人だ。だけど、旅館の女将になるに相応の女性だと母親が認めたと聞いている。だから俺は従うしかない。」

「そんなの、まだ分からない!私今からでも女将になるために修行する!」

すると、智明さんは呆れたような迷惑そうな表情で深いため息を吐いた。

「美晴、いい加減にしろ。お前には遠まわしに言っても分からないんだよな。」

「…え?」

「俺はお前と結婚する気はないし、大分に連れて帰る気もない。というか、お前を彼女にした覚えもない。それなのにいちいち鬱陶しいこと言ってこれ以上俺の手を煩わせるようなことしないでくれ。」


「……めて。やめて………。そんな風に言わないで…。」


お願いだから…
私の大切な思い出。
彼女じゃなくても、ペットでも何でも良かった。
智明さんの隣にいる理由になるならどんなポジションでも構わないと思ってた。
ペットというポジションが貰えて嬉しいとさえ思ってた。

いつも優しく何度も私の名前を呼んでくれた。
痛くないかきつくないか何度も確認してくれた。
だから、何もかもが初めてでも全然怖くなかった。
智明さんは酔ってて記憶もない状態だったかもしれないけど私は忘れない。


そうだ。
それでいい。
元々ダメもとで今まで智明さんを追いかけ回して散々私の望みを叶えてもらってきたのだ。
私が思い出を大事にすればいい。


「智明さんの気持ち分かってたはずなのに、面倒くさい女でごめんね。もう、智明さんの気持ちは分かった。
だから、もう会えなくなるなら…智明さんが実家に帰るまでは今まで通りここに来てもいい?」

智明さんは私がやっと自分のことを諦めてくれたことに安堵したのか静かに頷いてくれた。






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