痛々しくて痛い
「君から、反時計回りにお願いしようかな」

「はい」


上司に突然促されても臆することなく、彼はスックと立ち上がった。


この部屋に入室した時からずっと、私が目を奪われてしまっていた人物。


まさかこんな形で彼と再会する事になるだなんて…。


「麻宮慧人です。入社して約2年で本社への異動、しかも新規立ち上げ部署のメンバーに指名していただけるとは、夢にも思いませんでした」


記憶の中にあるままの、快活で張りがあってよく通る声で流暢にスピーチを進める。


その威風堂々っぷりに『相変わらずすごい人だな…』としみじみ思ってしまった。


「光栄に思う反面、緊張とプレッシャーも尋常ではなく、実は昨夜はあまりよく眠れませんでした。朝からあくび連発です」


こういう場面では定番の、明らかにジョークであろうと分かる口上に、控えめな笑いが起きた所で、元々柔らかな表情で言葉を繋いでいた彼はさらに目を細め、口角を上げた。


そして、それまで全体に向けていた視線を正面に座る私に移しつつ、力強い口調で続ける。


「しかし、同期である綿貫愛実さんの姿を見て、その思いも大分緩和されました。まだまだ未熟者でご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、皆様、ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたします」
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