あなたと月を見られたら。


「見るたび会うたび違う男に“愛してる”を連発する母親だった。ベッドの中でも床の上でも…ね。そんな母親から愛を実感するなんて到底無理でしょ。子どもになんて興味すらなかったんだから。」


カップの中にコーヒーを注ぎながら龍聖はキッパリと言い切る。


「俺の母親は母であるよりも女である自分を優先する人だった。それが悪いとは言えないけど…俺には普通がよくわからない。」


そう龍聖は呟いた。

“普通がよくわからない”

その何気なく呟いた一言が、頭にガンッと重くのしかかる。


『はぁ?愛してるなんて言葉、日本語の中で一番意味不明。理解に苦しむ。そんな言葉、嘘くさくて言いたくない。』


二年前、「嘘でもいいから愛してる、って言ってよ」とねだった私に、忌々しそうに呟いた言葉を思い出して心の奥がキュウっと痛む。


あの時の私は龍聖には愛がないから、こんな最低な言葉を吐くんだ、と思ってた。でも、違ったんだ…。

あの時、龍聖は思い出してしまったんだ。誰でも彼でも愛を囁く自分のお母さんと、寂しかった子供時代を思い出して龍聖は苦しくなったんだ。


「…ごめん…」


何も知らずに無邪気な言葉で龍聖を傷つけてた自分が恥ずかしい。自分の感覚が全て正しくて、全て当たり前で、間違ってるのは全部龍聖なんだ、と思ってた自分は何て傲慢だったんだろう。


私は龍聖のこと、何にも知らなかったんだ。見える優しさだけを追い求めて、見える愛だけ追い求めて、愛を欲しがってばかりいた私はひどくワガママだ。


きっと彼はわからなかっただけなのに。愛されることも、愛の意味も、ただわからなかっただけなのに。わからなくて戸惑って、どうしていいのかわからなくて…ひどい言葉を吐き出した。


だってそれが彼にとっての“愛”の価値観だったから。


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