あなたと月を見られたら。
薄暗い街並みを薄暗い気持ちのまんま歩いていると時間はあっという間に過ぎて、目の前には龍聖のお店が見えてきた。
古い木目に味わいのある、店構え。
La belle lune (ラ ベル リュヌ )と書かれた小さな看板。
エリートサラリーマンで欲しいものは全部手に入れていて、人の羨むものの全てを持っていた龍聖。そんな彼が今まで築き上げてきた全てを投げうって作った、小さな小さなお店。
どんな気持ちでこのお店を作ったんだろう。本当に彼は変わったんだろうか。麻生さんの言ってた“あの事件”って何なんだろう。
『龍聖なんて大嫌い!』
そう思っていたくせに…会ってしまうと流されそうで怖くなる。お人好しな私は過去の全てを忘れて、龍聖をうっかり許してしまいそうで怖くなる。
ハァ…
でもさ?
そんなこと考えても仕方ないか。
『やるならやるで、決めるとこは決めなよね。中途半端は見苦しい。』
頭の中で麻生さんの言葉がリフレインする。
龍聖のことは相変わらずわからないけど、それでも怖がらずに前に進まなきゃ余計に真実が見えにくくなる。今を楽しむ、って決めたのは自分なんだもの。怖がらずに突き進んでみるしかないよね??
しょうがない…行くか!
フゥっと小さく息を吐いて、ドアノブに手をかけると
「う、うわっ!」
ドアの向こう側から突然グッと押されて体のバランスが崩れた。
や、やばい!
後ろにコケるー!!
そう思って身構えたけれど…
「危ない!美月!!」
ドアの向こうから伸ばされた腕に抱きすくめられてギリギリセーフ。
はぁー、よかった。
ホッと一息ついた後、目の前にいたのは白いシャツに黒いギャルソン姿の龍聖。
「あ、ありがと。」
少しコーヒーのフレーバーがする龍聖にお礼を言うと
「いや…ごめん。今のは俺が悪い」
龍聖は気まずそうに謝った。