砂漠の賢者 The Best BondS-3
「わからん奴だな」

 壊すことなどたやすい。
 人が長年かけて育んできたものを壊すことに快楽を見たとて、それすらもやがては飽きる。
 一瞬の退屈凌ぎにしか過ぎない行為。
 愚かを通り越して滑稽だ。

「壊すのは簡単なんだよ」

 笑みを刻んだまま腹を蹴り上げた。
 男はくぐもった声を漏らして転がり、壁に体を強かに打ち付けた。
 肋骨の二、三本は折れた筈だ。

「な? 一瞬だろう?」

 男は壁に体を預けながら半身を起こす。

「……ですが、彼女は壊れない。そうでしょう?」

 だから壊したくなるのですよ、と告げる男にジストは嘲笑もあらわに近づく。

「ああ、壊れねえな」

 しゃがみ込み、髪を鷲掴む。

「この俺が、壊させはしないからな」

 殴りつけると、男はまたぐらつき床に手をついた。
 口に溜まった血を吐き捨てるのがやっとのようだ。
 この程度の男に壊されるような女なら端から見つけていない。
 端から選んでいない。
 それより何より。

「あれとの格の違いがわからねえようじゃ、お前には無理だよ、一生かけてもな」

 そのことにすら気付いていないこの男に、エナが手折られるわけがない。

「……どういう、ことですか。私が彼女に劣っているとでも?」

 口の端に滲む血を手首の内側で拭う男の目に、微かだが苛立ちが宿った。
 案外単純な男だなと心中で思う。

「貴方も見たでしょう? 彼女は弱い。組み敷いてしまえば女など直ぐに変わるんですよ」

 どうあっても男はエナを型に嵌めたがる。
 経験だけに縋り、目の前にある事実を見ようともしない。
 愚の骨頂だ。
 この男は本当に何もわかっていない。

「創ることも知らねえ奴が壊せるような相手じゃないってことさ」

 エナの強さは虚勢でも見栄からくるものでもない。
 外面を固めるような強さではないのだ。
 内側からの純然たる意志。
 ぶれない心の軸こそが、彼女の強さ。
 力技でどうにかできる類のものではない。

「まぁ、だから欲しいんだろうが……」

 決して美人とは言えずとも、決して女らしいとは言えずとも、誰よりも矛盾を受け入れ、誰よりも人間らしいエナ。
 孤独を抱えた人間程、彼女が欲しくなる。
 途方もない引力。
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