砂漠の賢者 The Best BondS-3
「当然だ。そうでなければお前に合わす顔がない」

 憮然とした表情でそう答えると、命を張ったこの状況に置かれているのにも関わらず、目の前の青年は口元を純粋な笑みで彩った。

「私と剣を交わらせているというのに、余裕だな」

 言って、離れる。
 決して余裕を見せられる力量差ではないはずだ。
 少なくとも一年半前は、ほぼ互角だったのだから。

「妹は、元気してんのかよ?」

「ああ、今年からこの街の学校に通いはじめた」

 まるで道端で偶然会ったかと言わんばかりのこの会話は、本当に大事なことは刃が会話してくれているからこそ。

「そうか、そりゃ何よりだ。……!?」

 突如、屋敷内にサイレンが鳴り響く。
 ゼルはその音に気を取られた。
 その隙を見逃すはずもない。
 首を狙った一撃を放つ。

「余所見する余裕があると思うな!!」

「……くっ!?」

 紙一重でかわす反射神経は流石だと認めざるをえない。
 刀の切っ先だけがゼルの首を掠める。
 だが上体を反らした時に出来る隙こそが狙い目。
 絨毯を蹴り、間合いへ一歩踏み出し様に手首を捻り、喉仏へ……――!

 だが、すんでのところでエディによって止められる。
 刃が甲高い音を鳴らす。
 その音の種類でわかる。
 刃が、欠けた。
 おそらく、こちらの刀だけが。
 絨毯に膝が付きそうなほど姿勢を低くしたティンクトニアと、一歩足を引いて刀身に生身の手を添えることで受け止めたゼル。
 その体制のまま、お互い微動だにしない。

「どうした、注意散漫だ」

 探るような光を込めて下から睨み上げる。

「この音……何が起こったんだ。なんか起こってンだろ!?」

 ふと、こちらの仕事の心配をしているのかと思った。
 だが、ゼルの瞳を見上げ、それが間違いだと気付く。

「余程気にかかるのか。ではあれはお前の仲間だと見なして良いのだな」

 言いながら心が痛むのをティンクトニアは自覚した。

「!?」

 ゼルは目を瞠る。
 その表情を確認したティンクトニアはゆらりと立ち上がり、刀を引いた。
 堂々と背を向け間合いの一歩外に出る。

「これは侵入者を檻に捕らえた合図だ」

 その刹那、肌がぴりぴりと小さく悲鳴を上げた。
 殺られると本能が告げる。

「!」

 前髪を掻き上げて再度向き直る。
 と、そこには。
 ティンクトニアを睨み付けるように仁王立ちしているゼルの姿。
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