純白の君に、ほんのすこしのノスタルジアを。



「二十八にもなって彼女の一人もできないやつに言われたくない」



痛いところを突かれ、俺は腹いせに箸の頭で妹の額を小突いた。



「痛いよハゲ」


「まだハゲてない」



憤然としながら言い返して、俺は妹が大事に取ってあった鯛の刺身を一つ、口の中に放り込む。



恨めしげに俺を睨んだ妹に、勝利の味を噛みしめたのも束の間。



「すみません、鯛のお造りください」



妹は店員を呼びとめてそう言った。


本当にこいつは性格が悪い。



それきり、微妙な沈黙が降りた。


店員の張り上げた声が、薄い膜を隔てたように遠くに聞こえる。


隣のテーブルのおやじの話し声も、空いたテーブルの食器を片付けるカチャカチャ高い音も。



俺たちの間だけ、どこか違う世界にいるような。



膜を破ったのは、俺でも妹でもなく、鯛を持ってきた店員だった。





< 5 / 23 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop