純白の君に、ほんのすこしのノスタルジアを。
「二十八にもなって彼女の一人もできないやつに言われたくない」
痛いところを突かれ、俺は腹いせに箸の頭で妹の額を小突いた。
「痛いよハゲ」
「まだハゲてない」
憤然としながら言い返して、俺は妹が大事に取ってあった鯛の刺身を一つ、口の中に放り込む。
恨めしげに俺を睨んだ妹に、勝利の味を噛みしめたのも束の間。
「すみません、鯛のお造りください」
妹は店員を呼びとめてそう言った。
本当にこいつは性格が悪い。
それきり、微妙な沈黙が降りた。
店員の張り上げた声が、薄い膜を隔てたように遠くに聞こえる。
隣のテーブルのおやじの話し声も、空いたテーブルの食器を片付けるカチャカチャ高い音も。
俺たちの間だけ、どこか違う世界にいるような。
膜を破ったのは、俺でも妹でもなく、鯛を持ってきた店員だった。