欲しがりなくちびる
「今日は泊まっていいけど、明日には帰れよ」

当然の事のようにそう言った浩輔の横顔に、朔は思わず目を見開く。 

「は? ちょっとそれマジで言ってんの? 昨日の今日でそんなの無理に決まってるでしょ! ううん。無理っていうか、絶対ムリ! 私、そこまでできた女じゃないもん」

ムリムリ! 絶対ムリだから! と、朔は、口早に続ける。 

「でも婚約したんだろ? プロポーズされたって嬉しそうに電話掛けてきたって、おふくろ言ってたぞ。おまえにプロポーズしてくれる奴なんて、この先探したって出てこないかもしれないんだし。マリッジブルーっての? 男にもあんじゃねーの」

そら恍けてるのか、それとも真面目に考えた結果導き出した答えがそれなのか、浩輔の、いや、男の考えることは分からないと、朔は頭を横に振る。女友達に事の顛末を話したら、きっと100%に近い確率で別れろって言われるだろう。

本当にこの先プロポーズをしてくれる男が見つからないと踏んでの発言なのか、ある種の思いやり的なものなのか、いずれにしても失礼だ。

「だからって浮気する男がいる? 結婚しようって決めて、まだ一ヵ月も経ってないんだよ」

「俺に聞かれても分かんねーよ。そいつじゃないんだし」
 
突っ掛かり気味に言えば、浩輔は素っ気なく突き放す。

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