欲しがりなくちびる
キャンバスで作られた山を崩さないように注意しながら、朔は適当に選んだ一枚を手に取る。

深い森に射しこむ一筋の光りがそこを流れる小川の水面をきらきら輝かせ、小鳥の囀りで静かに目覚めていく森の朝の風景は、まるで未来への希望を表しているようだ。幸福を色にしたようなそのキャンバスの中で、生命が芽吹く息遣いが確かに感じられる。

浩輔の描く絵はどれもやわらかく、疑うことのない幸せに満ち溢れている。

ピュアな色使いは子供の頃と変わらない浩輔の内面を垣間見た気がして、朔はどこかほっと胸を撫で下ろす。

その中で、あの『白い羽の少女』は別格だった。

浩輔が普段使わない強い色彩は燃え盛る炎のように熱く、けれども、そこに昔から好んでいる柔らかな色合いを添えることで、彼女の情熱のようなものを和らげていた。

10年振りに見るその絵が湛える表情は、以前とは少し異なる気がした。

少女は羽を休め、膝を抱え込むようにして横たわってこちらを見ている。少女というには現実味に欠けるほどの美貌の持ち主で、もしかすると髪を腰の位置まで伸ばした美少年なのかもしれないとも思う。

浩輔の中でもこの絵は特別なようで、1つだけ大事そうに布が掛けられていた。

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