欲しがりなくちびる
恐らく、初恋だった。毎晩のように想いを馳せて枕を濡らしていたというのに、不思議と奪いたいと思ったことは一度もなかった。先輩を好きだった期間は、決して辛いことばかりではなかった。

浩輔と一緒に暮らすようになってからは、まるで全て分かってくれているかの様に、側にいて欲しい時には決まって一緒にいてくれた。まるごと抱き締めて、受け止めてくれる。

そうしている間は余計な感情に振り回されることもなかったし、浩輔といる時間だけは自分を好きでいられた。

その恋は、浩輔がいたからこそ成立していたものなのかもしれない。彼がいなかったらその辛さに耐え切れず、とっくに戦線離脱していただろう。

朔がようやく先輩への気持ちに決着がつけられるようになった頃には、浩輔は自分の役目も終わりとばかりに進学を機に家を出て行った。




「んっ……」と、艶のある声を出して寝返りを打った浩輔と、朔は一瞬眼が合った気がした。

さっきからきゅんと音を鳴らす胸の痛みは、確かに彼に対するものだ。


――浩輔に触れたい。


突如として湧き上がった想いを胸に秘めて浩輔が眠るベッドに入ったのは、カーテンの隙間から零れる蒼い光が白々と、オレンジ色に変わり始めた頃だった。

< 38 / 172 >

この作品をシェア

pagetop