欲しがりなくちびる
食べ終わった皿を洗うとシャワーを浴びて、出掛ける準備をする。

冷蔵庫は当面の食材で埋まっていたが、彼女がいつも好んで買っているヨーグルトはなかった。それは個人経営の小さな店のもので、いつどこでも置いてある商品ではない為、よく行くスーパーで売れ切れになっていると次の入荷まで待たなくてはならなかった。

朔が勤務するアパレルメーカーでは、土日休みが取れるのは月2回と決められている。暢と朔は少しでも長く一緒に過ごせる様にと、休みが合う日の前日に待ち合わせをして夕食を共にした後、ホテルのレイトチェックを利用して翌日の昼過ぎまでゆったりと過ごすこともあった。

暢は朔より5歳年上の32歳でどちらかといえばインドア派の彼は、美術館巡りが趣味だった。常に穏やかで変わらなくて、そういうブレないところが何より魅力的に映った。人は自分にないものを相手に求めるというのは正しくその通りだと朔は思う。

知的でいながらそれをひけらかしたりせず、幼少から家庭問題で苦労してきたせいで人の痛みに理解がある為ひたすら優しく正義感に溢れていた。

正直にいえば、たまに物足りなさを感じることは認めるものの、彼を良く知る度、男女問わずこれほど人間として満点に近い人を見たことがないと実感した。

それだけに、暢の浮気は大きな衝撃で見逃すことなんてできなかった。最初からどうしようもないだめ男だったら納得も諦めもつくのだろうけれど、暢はそういう男とは全く対極に位置していた。

いい大人の女が、たった一度の恋人の浮気を許せないなんて、自分の狭量さも情けない。浮気は男の性だと学習していても何度経験したってこればかりは慣れないし、本能だなんて男側の都合の良い解釈には辟易する。

< 41 / 172 >

この作品をシェア

pagetop