欲しがりなくちびる
スプーンでチャーハンを口に運びながら、空いている左手で携帯のチェックをする。行儀が悪いとは分かっているものの、一人でいる時はついつい手持ち無沙汰もあり携帯へと手が伸びてしまう。

今朝は9時を皮切りにして暢からの着信が何件か残っていた。
真面目というのだろうか、一般的な朝の始まりの時刻をしっかり守っているところが公務員らしい気がする。昨夜はすっかり様変わりした部屋に随分驚いただろうが、帰宅直後と思われる12時半過ぎに一度だけ着信を残したあとは深夜の連絡はそれきりだった。

本当に愛しているのなら、もっと形振り構わないものではないだろうか。

恋とは我侭で、相手の気持ちなんか気にも留めないくらい、身勝手なものではないのだろうか。朔が欲しかったのは冷静ではなく熱情だ。女という生き物は、ありったけの優しさよりも、嵐のような強引さに心が揺れるということを彼はきっと知らないのだろう。

そこまで考えてみたものの、火傷しそうな剥き出しの想いをぶつけてくれる相手とは残念ながらこれまで出会うことはなかったと振り返る。いい歳をして、まだ夢を見ているのは自分のほうなのかもしれない。

この先ずっと一人で生き抜いていく自信はどこにもないのに、朔が望む情熱を持って暢が迎えにきてくれたとしても、それはそれでどう対応して良いのか正直分からない。

ふいに暢からの着信を告げる呼び出し音が鳴り始め、朔はびくりと身体を強張らせる。出ようか迷った挙句、まだその勇気を持てずにいた為、着信音が鳴り止むのを息を潜めてじっと待つだけだった。

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