欲しがりなくちびる
今日の授業が終わり、生徒が帰っていった後の教室では、浩輔が最後に提出させた絵を一枚ずつ台紙に貼っていく傍らで余白にコメントを寄せている。

「授業中にちょっと覗いたんだけど、真一君の絵って、なんていうか特別だよね。印象派っていうの? きっとまだ子供だから、本人はそういうことを考えずに独自の世界観で描いているんだろうけど」

朔が言うと、浩輔がとなりで「あぁ」と頷く。

「真一君はいつもそうなんだよ。人と見えている世界が違うんだ。素直に見たままを描いてごらんって言ったら、一度だけ被写体をそのまま切り取ったみたいに完璧な模写をしてみせたんだけれど、彼はそれが気に入らなくかったみたいですぐに上から緑で塗り潰したんだ。

 普通、気に入らないものを塗り潰したいなら黒を使いそうなもんだろ? でもあの子は緑を使うんだよ。その上に少しずつ色をのせて奥行を持たせたり、深い色合いを作り出していくんだ。誰からも教えられないのにそういうことができるなんて天才だよ。選ばれた人間っていうのは、自然にそういうことができてしまうんだよな」

感心するように話す浩輔に、朔は台紙を張ったばかりの生徒の絵を手渡す。

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