欲しがりなくちびる
「朔ちゃん、何描いてるの?」

例の、初めて朔が絵画教室を訪れたときに腕を引っ張ってきた男の子――小学二年生の真一君という――が、隣りで頭を傾げている。

「これは林檎の木だよ」

「じゃあ、こっちは?」

「豹だよ。雌ライオンにぶちぶち模様が入ったような動物なんだけど、動物園とかテレビで見たことない? この秋に流行する柄なんだよ」

朔がぶちぶちをもうひとつ描き加えながら説明すれば、子供はふーんと鼻を鳴らすだけで、自分から聞いてきた割には素っ気ない。それっきり画用紙に齧り付いたかと思うと、今度は朔の方が何を描いているのか疑いたくなるような、ぐるぐると渦を巻いた得体の知れないものを描き始める。

頭上から子供の手元を窺ってみるものの、単に朔に絵ごころがないからか、はたまた世間に揉まれてとっくに清廉の心を失ってしまった大人には理解不能の芸術がそこに繰り広げられている。

他の生徒たちも、好きに描いてみようという浩輔の言葉に、思い思いに筆やクレヨンを走らせている。

浩輔自身も広げたスケッチブックに何やらデッサンしていた。

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