欲しがりなくちびる
「価値が分かんない私には悪戯描きにしか見えないけど、浩輔みたいに自分も描く人には分かるんだね」

「いや。俺だって偉そうなことは何も言えねーよ。……ただ、もしかしたら、今いる環境が物凄く偏っていて、彼の眼には、世界が人と違って見えているのかもしれない。子供は外的環境を受けやすいから、その分、絵を描かせるとそれが顕著に表れるんだよ。

 大学の講義でもあったけど、親の愛情が足りない子供が描く絵っていうのは、酷く滑稽で色彩も暗いものが多かったりするしな。そこら辺、俺も詳しく掘り下げて勉強した訳じゃないから適当なことは言えないけど、何をするにも環境は大事だって話」

「子供には勝てないってやつね?」

浩輔の言葉に頷いて、次の台紙を渡す。

「ところで、朔のテーマは何だったんだよ」

添削が朔の番になって、浩輔は稚拙な絵をしげしげと眺める。

「えっ? 見て分かんない? 秋冬のトレンドだよ。ここ数年、秋冬にはレオパート柄が揃うから、毎日見てるし上手く描けるかなって思ったんだけどな。林檎はね、単に隣に赤を置きたかっただけなんだけど、苺は何だか違うし林檎しか思いつかなくて。本当はルビーでも咥えさせたかったけど、どこかのメゾンみたいになっちゃうでしょ」

「なるほど。じゃあ、朔もよくできました」

朔が解説する傍らで、浩輔は子供たちにもそうしたように台紙の余白いっぱいに三重の花丸を描く。

「わーっ! 花丸って小学生ぶりじゃない? なんかちょっと感動! ねぇ、浩輔。美術の教員免許持ってるんでしょ。サラリーマンより向いてるんじゃない?」

「馬鹿言ってないで、ほら、そろそろ帰るぞ。そっち戸締り頼む」

子供時代を思い出して何とはなしにそう言えば、浩輔は取り付く島もないとばかりに窓を指差す。 

絵の話になると浩輔はいつもこんな調子だが、本当はまだ諦めていない証拠に、キャンバスに向かう彼の眼はいつも真剣だ。

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