欲しがりなくちびる
「顔洗ってくれば? ぐちゃぐちゃになってる」
浩輔は、リビングに通されて突っ立ったままの朔にタオルを手渡してくる。案内通りに洗面所へと向えば、浩輔の言う通り、鏡に映し出された朔の顔は確かにぐちゃぐちゃだった。
眼を擦ったせいでウォータープルーフのアイラインとマスカラがよれて、目の下はひどい隈ができたみたいに黒くくすんでいる。剥がれ落ちた化粧は悲壮感を際立たせ、セールの準備とそれが始まってからの連日の忙しさで扱けた頬とで、大袈裟なまでにこの世の終わりのような顔をしていた。
メイクを落として再び鏡を覗く。胸の下まであるワンレングスの髪のあいだにある小さな顔は、未だ少女のような童顔だ。泣き過ぎて赤くなった鼻の頭のせいで、輪を掛けて幼く見える。それは、朔のコンプレックスの一つで、化粧をする時はアイラインをきりりと引き、チークはピンク系よりはコーラルやオレンジ系を選び、年相応の落ち着いた女性に見える様にしている。
リビングへと戻れば、テーブルにはマグカップが二つ用意してあった。
模様が同じでも色違いという訳でもなく全くエッセンスが異なるものなのに、こうして並べてみると初めから対になっているもののようにしっくりくるのは、浩輔のセンスの良さだ。
一つは浩輔の前に、もう一つは対角線上に置いてある。
朔は、テレビを見ている彼の邪魔にならない様そそくさと前を横切ると、彼女用にと用意してくれただろう一人掛け用のソファに遠慮がちに腰を下ろした。
手に取ったマグカップからは、ほんのり湯気が立っている。立ち上る香りから、朔の好きなジャスミンティーだという事はすぐに分かった。
熱いカップにそっと唇を付けながら浩輔の様子を窺うと、彼はいつものあまり読めない顔をしてニュースを見ていた。
浩輔は、リビングに通されて突っ立ったままの朔にタオルを手渡してくる。案内通りに洗面所へと向えば、浩輔の言う通り、鏡に映し出された朔の顔は確かにぐちゃぐちゃだった。
眼を擦ったせいでウォータープルーフのアイラインとマスカラがよれて、目の下はひどい隈ができたみたいに黒くくすんでいる。剥がれ落ちた化粧は悲壮感を際立たせ、セールの準備とそれが始まってからの連日の忙しさで扱けた頬とで、大袈裟なまでにこの世の終わりのような顔をしていた。
メイクを落として再び鏡を覗く。胸の下まであるワンレングスの髪のあいだにある小さな顔は、未だ少女のような童顔だ。泣き過ぎて赤くなった鼻の頭のせいで、輪を掛けて幼く見える。それは、朔のコンプレックスの一つで、化粧をする時はアイラインをきりりと引き、チークはピンク系よりはコーラルやオレンジ系を選び、年相応の落ち着いた女性に見える様にしている。
リビングへと戻れば、テーブルにはマグカップが二つ用意してあった。
模様が同じでも色違いという訳でもなく全くエッセンスが異なるものなのに、こうして並べてみると初めから対になっているもののようにしっくりくるのは、浩輔のセンスの良さだ。
一つは浩輔の前に、もう一つは対角線上に置いてある。
朔は、テレビを見ている彼の邪魔にならない様そそくさと前を横切ると、彼女用にと用意してくれただろう一人掛け用のソファに遠慮がちに腰を下ろした。
手に取ったマグカップからは、ほんのり湯気が立っている。立ち上る香りから、朔の好きなジャスミンティーだという事はすぐに分かった。
熱いカップにそっと唇を付けながら浩輔の様子を窺うと、彼はいつものあまり読めない顔をしてニュースを見ていた。