欲しがりなくちびる
「それは俺と離れていた間に……? それとも、もっと前から……?」

じっと見つめて離さない暢の視線が堪えられなくて、朔は思わず眼を逸らす。

「ごめんなさい。分からないの……」

今回の一件がなければ、もしかしたら一生気付かずに終わったのかもしれない。浩輔への想いは、そのくらいに自然で当たり前で、常に朔の心とともにあるものだった。

「今、そいつと一緒にいるの?」

これまでとは打って変わり、途端に険のある口調になった暢を恐る恐る見上げれば、そこにはいつもの優しさなど微塵もなく、恐ろしいほどに男の顔をした暢がこちらを食い入るように見ていた。

「偶然見たんだ……。今更、男友達だとか言うなよ。その男の隣にいる朔は、とてもよく馴染んでいたよ。もう何年も付き合っている恋人のようにね」

「何言って……?」

「朔が何も言わなければ、俺も知らないふりをするつもりだった。俺にだって非はある。だから二人とも何もなかったことにして、またやり直せばいいって思ってた」

「でも暢、分かったって言ってくれたよね……?」

彼を取り巻く気配が、徐々に移り変わっていくのを感じる。その様子と並行するように、朔の鼓動も早鐘を鳴らし始める。 

「今日は朔を説得するつもりだった。でも、」

そこで言葉を切った暢の瞳の奥に一瞬ぎらりと真夜中に光る獣のそれのように、鋭い閃光が走ったのを見た気がした。

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