【流れ修正しつつ更新】流れる華は雪のごとく

安心も束の間。

すぐに涙を拭き、ふっと真面目な─心配そうな表情を浮かべて露李が立ち上がる。


「有明様」


名前を呼ばれ、項垂れていた彼女が顔を上げた。

髪は元の黒色に戻り、目も前と変わらぬ色になっている。

四色の光で造られた枷で、手は後ろ手に組まされていた。

姿は美喜と瓜二つ。それでも全く違う人。

露李を慮ったのだろう、有明に傷はついていなかった。

だとすれば、守護者たちが奪ったのは彼女の何だったのだろう。


少し逡巡してから、有明が口を開いた。

唇が小刻みに震えている。


「…露李姫」


以前は落ち着き払い、同い年の外見に反していた声が妙に幼く聞こえる。


今、自分を見上げている少女はあまりにも頼りなく、あまりにも悲しげだった。

以前から瞳にちらついていた強さは見受けられない。

赤い着物がシュルリと衣擦れの音を立てた。


「霧氷様は、幸せだったのだろうか」


言葉を失った。

彼女は願うように、祈るようにこちらを見つめている。 

そうであってほしいと。


「…私は、花姫として霧氷さんにお会いしたことがあります」


そう言いながら有明の手首に触れる。

パチンと枷が外れ、露李の掌に光が吸収された。


「…とても優しい、笑顔をしていらっしゃいました。それがどんな風になってあの形になったのかは分かりませんが─」


『こちらへ、花姫』


そう呼びかけた霧氷の声は柔らかく優しく、人懐っこい印象があった。

そして、花姫も。


「それに花姫が霧氷さんに矢を放つとき…とても、痛かったんです」


信じられないという思い、甘い恋心、身を切られるほどの絶望。


「泣いていました。手が震えて、いっそ外れてしまえば良いと…でも、花霞が的を外す訳がない。でも射つ瞬間まで、願ってたんです。嘘だって、言ってくれることを」


「霧氷様は…愛、されていたのか…?」


あんな感情、知らなかった。

今まで味わったことの無い痛み、今まで感じたことの無い甘い気持ち。

だからきっとそうなんだと思う。


「『愛していました』」


有明が目を大きく見開き、そして涙がこぼれ落ちた。

恨みでも憎しみでもない透明な涙だった。

< 294 / 636 >

この作品をシェア

pagetop