溺れる蝶

カミサマと狐



ピチチ……チチ…




鳥のさえずりが聞こえる。

なんだ………、もう朝?

ああ…今日も学校だし…本当にだるい。


私はモゾモゾと布団の中で動く。


ん?そーいえば、今日って土曜?

やった……これで、ぐっすり心置きなく寝れ……


「さーくーらーこッ!桜子!!」


舜の声が聞こえる気がするけど気のせいか……。


「桜子、お前まだ寝てんだろ?部屋のカーテン閉まってっからわかるぞ!

起きろって!!」


舜って夢の中までも五月蝿い。
歩く騒音の異名はダテじゃないね……。


「いい加減、起きろよな!!

今日、入学式だろーがッ!!!!」


舜の一言で私の脳は覚醒した。


「ってやば!!もう8時じゃん!!!!最悪!!」

ベットから飛び起き、猛ダッシュで準備する。

朝ごはんなんて食べてる暇はない。


「もう先に行くからなー。……お前、ぜってー遅刻すんなよ?」
「私が遅刻なんてするわけないでしょ!!!!」

舜の薄情者っ!!

でもこのままじゃ確実に遅刻。

生徒会長が遅刻だなんて、生徒会の恥……。

とにかく、急がないと!!!!









「おはよー、桜子。めっちゃ汗かいてるよ?」

汗だくの私を見て書記長の真由美が目を丸くする。

「………チョットね…、諸事情で遅れちゃった」

真由美に適当にウソをついた私。

ウソが突き通せるとは思わないが、死んでも寝坊したとは言えなかった。



真由美は何も突っ込まずにフーンと適当に相槌を打つと私の首筋を指差した。


「……あんた…まさか″それ″、舜にやられたの?」
「……何を?」

私が聞き返すと真由美が焦ったそうに言った。

「何を?……って…その″キスマーク″に決まってるでしょ!?」
「………ッ!!」

咄嗟に首筋を隠す。

真由美の言葉で昨夜のことをおもいださせられた。


ポケットにある鏡を取り出して見てみると翡翠に付けられたキスマークが確かにある。


今朝はバタバタしてたから、すっかり忘れてたけど………。


翡翠とのことは夢じゃなかったんだ。


「ねぇ、舜にやられたんだよね?やっぱ桜子と舜って付き合ってるんでしょ〜?」
「違うって!!!!」

真由美のニヤついた顔を見るだけでムカついてくる。

「じゃあ、誰にされたの〜?」


誰にされたの〜?って……。



「だーかーらっ!
舜とは付き合ってないし、これはキスマークじゃないのっ!!

昨日、外に出た時に変な虫に刺されちゃっただけ!」


噂話好きな真由美のことだ。
誤解されたら、面倒くさいなんてものじゃない。


「…………なーんだ、つまんないの!」

真由美は私に構うのに飽きたのだろう。

踵を返して、別の子の所に戻った。

安堵の溜息が漏れる。


朝から本当に疲れた………。







「生徒会、入場するぞー!!」

八代先生からの入場の合図で会長の私から順に入場していった。




式の最後、生徒会長の私から簡単な挨拶をして入学式は終わった。





ぞろぞろと蟻のように体育館を出て行く新入生。

なんとなく、それを目で追う私。



新入生の人混みの中………、私を捉える冷たい視線があることに私は気付かなかったーーー。







入学式の後片付けも無事終了。

生徒会の私達もようやく帰宅となる。



「一緒に帰ろーぜ」

生徒会室を出た途端、そう言って私の手を掴む舜。

自分の顔が一気に熱くなったのがわかる。


「は、離してよ!」
「だって俺ら帰る方向一緒だろ?……じゃあ一緒に帰るのもフツーじゃん」



舜がこんなにも平然としてるのに、なんで私が焦らなくちゃいけないのだろう。


完全に舜のペースに飲み込まれてる気がする。


「……わかった。………でも手は離してよね。……そうじゃないと、変に誤解されるから」
「……お前ってホント、ケチだよな」



この時、舜の横顔が少し淋しそうに見えたのは、きっと私の勘違いーー。


幼馴染みなんて、少女マンガみたいで憧れるよね

っていう子はよくいるけど


幼馴染みなんて……何にも良いことない。


変に幼馴染みっていう壁があって、なかなかその先に踏み込めない。


あるのは生温い心地いい関係ーーー。



でもね。

時々、その生温い関係が

苦しくてもどかしくて仕方ないよーー。









気まずくなってしまった空気。

私達は無言で校門まで歩いた。

この空気が嫌で嫌で…。私はずっと下を向いたままだった。


「誰だ?アイツ……」

不意に舜が口を開いた。喜びが走ったのは束の間。

舜が指差した方向を見て、飛び上がった。

校門の影にちらつくあの銀髪は……翡翠しかあり得ない。


「翡翠!?」
「やっと来たか。遅いぞ」


はぁ、と翡翠が溜息を吐く。


「誰だ、お前?他校のやつか?」


舜がそう思うのも無理はない。


翡翠の長かったはずの銀髪は短髪になっていて、服も着物ではなく制服。


でも銀髪と綺麗なビー玉のような翡翠色の瞳は変わっていない。

これじゃぱっと見、外国人かハーフに見える。



何故、舜に翡翠が見えるのかが謎だけど……。

カミサマってなんでもアリなのかな?


「なんで翡翠がこんなとこに……?」
「……別に。俺の気まぐれだ」


そして翡翠は私の手を掴んで歩き出した。


「ちょっと!いきなり何?」
「少し俺に付き合え」


相手はカミサマ。私に拒否権なんてないわけで。

ニヤリと笑う翡翠も私が断れないのをわかってるみたい。


「舜、ごめん!先に帰ってて!!」

私が両手を合わせて謝ると舜は縦に頷いた。

「……おぅ!気をつけて帰れよ」

笑顔で手を振る舜に、心臓がズキンと痛む。

……そうだよね。

私は舜の彼女でもなんでもない。

舜に私を引き留める理由なんて……ないもの。




「……すまなかった。…あの男と一緒に帰るところだったんだろう?」
「……別に、いいよ。…………それより、なんで翡翠がこんなとこに来るの?」


少しでも舜のことを考えたくない。

私はそんな想いから話題を変えた。



「その″桜の花″は、きいたか?」

そういえば今日1日、霊や妖の類いを全く見てない。


「……確かに、きいたかも?」

翡翠が得意げにニヤリと笑う。

「なら、その″礼″をもらわなければ」
「礼っていっても…どうすればいいのよ……」



コツンッ




触れ合う額と額。


「……ひゃっ!」


すぐ目の前にある翡翠の綺麗な顔。
……翡翠色の瞳。


心臓が跳ね上がった。


「…………少し…飛ぶぞ」
「え……?」


飛ぶぞ……て、どういう意味!?


まさか、と思った瞬間、風が舞い上がる。


「俺から離れるなよ?」


私はその返事の代わりに、翡翠にぎゅっと抱きついた。


これ、離れたら本気で死ぬ気がする……。


「……ッ!?」


私達の周りを薄い水の膜が包んだ。

翡翠が鮮やかな蒼の扇子を取り出す。
そして空を切るように扇子を縦に振った。


途端に薄い水の膜が渦を巻き始める。

そして、私達の体を優しく包んだ。



それはなんとも言えない不思議な感覚だった。

水の中にいるはずなのに、息苦しくない。

むしろ心地いいぐらいだ。

翡翠の胸に顔を埋めていると、トクン、と音が聞こえてきて。


カミサマでもちゃんと心臓があって、動いてるのかな……?


そう思うと翡翠のことをより近くに感じられてる。

カミサマも人間も、実はそんなに変わらないのかも……。





「目を開けていいぞ」

翡翠からそう言われて、目をそっと開けた。



「……ここ、何処なの?」

森の中にひっそりとたつ朱色の鳥居。

その先には立派な日本庭園があって……松の木のいい香りがする。



「まぁ……人間でいうところの″家″だ」
「家!?これが!?…………カミサマってすごいね……」



私に説明もしないで勝手に足を進める翡翠は本当に自由人。


「ちょっと!置いて行かないでよぉ!」
「………桜子は歩くのが遅い。」


ぶっきらぼうに言った翡翠の後に私が続く。


立派な庭園をしばらく歩いていくと、やっと屋敷が見えた。


屋敷に着くまでの庭園も凄かったけれど、屋敷自体も歴史が感じられる造りで、屋敷の端が見えない程の大きさがある。


しかし、それより驚いたのは屋敷の玄関先に立つ、青年だった。


「翡翠様、桜子様、お帰りなさいっす〜〜!!」

何故か初対面のはずの私の名前を口にし、頭からは狐の耳が生えている。

きっとこの人も妖なんだろうなぁ……。



「お初目にかかりまーす!翡翠様のお世話をこの屋敷でさせて頂いている″弥生″っす。何かあれば弥生って気軽に呼んで下さいっすね!」



霊や妖を目の前にするとつい身構えてしまう。
でも、彼の屈託の無い笑顔を見るとそんな緊張も簡単にほぐれた。


「″弥生″……かぁ。すごく綺麗な名前……!!」
「…………ッ!!」

弥生が朱色の瞳を見開く。

「……?」

私、変なこと言った??

一瞬の微妙な沈黙があったような気がした。

「そうでしょ〜!俺もこの名前気に入ってるんす。」

弥生がバチッと星を飛ばしながらウィンクする。

なんだ、……さっきのは私の気の所為?



「……あれっ?」

気がつくと翡翠が隣にいない。
玄関を見ると、翡翠の下駄が揃えてある。

「先に入っちゃったみたいっすね。……ほんとに、もうあの人は自由人だから……」

困ったように笑う弥生に少し同情した。いつもこんな感じで振り回されてるんだろうなぁ。









幽霊も妖も……………

あんまり好きじゃない私だけど

カミサマと狐は…

なんだかちょっと好きになれたかもしれない。







「お邪魔しまーす〜〜!!」







そんなこんな感じでカミサマの家(?)にお邪魔することになりました。













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