シャッターの向こう側。
 そんな事、気に留めておかなくていいのに。

 気分で呟いた歌なんて、自分でもよく忘れる様な感じなのに……

「なんとなく歌っただけですから」

 ポツリと呟くと、宇津木さんは上を向いて小さな溜め息をついた。

「その何となく……ってのが厄介なんじゃないか」


 ……厄介、ですかね?

「俺は最近、無意識にしてる事の方が怖いと思う様になったな」

「……はい?」

 宇津木さんが、怖いと思う……?

「そうしよう、とは思ってもいないのに、いつの間にかそうしてる。頭で考えている訳でもなく、無意識に行動してる」

 無意識の行動ですか。

「……案外、それが実は突き詰めてみれば本心だったりしてな?」


 ……って。

「聞かれても困りますが」

「あー……聞くつもりじゃなかった」

 パタパタと手を振られて、ふっとビル群を眺めた。

 宇津木さんの無意識の行動はともかく、人間誰だって無意識の行動をするかも知れない。

 例えば、忘れてきたと思っていた財布が実はバックから出てきたり。

 これを持っていこう、と、決めた訳でもないレンズがバックにちゃんと入っていたり。

 意識してやった訳じゃないけど、しっかり入れていたりするものだ。

 そう考えてみると、何となく出て来たあの〝歌〟は、私の本心だったり……?


「秋風に、絶えず散り行く紅葉ばの、行方定めず我ぞ悲しき……ですか」

 呟くように言うと、隣から不思議そうな視線を感じる。

「我ぞ悲しき……ってのが、気になった」

「単に、高校の時に習った歌ですよ」

「じゃ、昔の歌なんだな?」


 何故、念を押すんですか?

 宇津木さんを見ると、少しだけ考え込む様な視線が帰って来た。


「あの……」

「昔の歌は、英語と一緒だよな」

 は、はい?

「直訳と意訳じゃ、まるで意味が変わる時がある」

 ああ。

 そうかも知れない。

 だいたい、訳が書いてないと、結構意味が不明だったりするし。


「秋を寂しがるには、まだ早いしな」

「宇津木さん。何が言いたいんですか?」

 お互いじっと見つめ合い、とりあえず次の言葉を待った。



「お前、坂口とうまくいってる?」
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