くるまのなかで
ここの夜景は美しい。
だけど、この景色で素直に心を和ませられるほど、私の傷は癒えていない。
奏太がステレオの音量を下げ、シートベルトを外す。
体ごとこちらを向くと、グッとシートが軋む音が響いた。
私は息をするのも忘れ、固まって動けなかった。
そんな私の代わりに、奏太が助手席のシートベルトのバックルのボタンを押す。
ベルトから解放されたのとほぼ同時に、奏太の視線に拘束された。
「梨乃」
優しい声で名前を呼ばれ、私はこみ上げる感情に堪えようと奥歯を噛み締める。
気を抜くとまた無様に泣いてしまいそう。
「梨乃、そんな顔しないで」
奏太が体を近付け腕を伸ばし、私の頬に軽く触れる。
「だって、ここ……」
私たちが別れた場所だもん。
あの日『別れたい』と告げられた時の記憶が、より鮮明によみがえっている。
「うん。でも、だから今日は梨乃とここに来たかった」
奏太の手が私の頬を軽く撫でる。
その指が、かすかに震えているような感覚がした。
「どうして?」
「もし梨乃とやり直せるなら、別れたこの場所から始めたいって、思ってたから」
「え……?」
「梨乃が好き。この10年間、梨乃を忘れたことなんかなかったよ」