くるまのなかで
私に聞こえているのは、都合のいい幻聴ではないだろうか。
目頭がツンと熱くなる。
「なに、それ……」
紫陽花祭りの夜、私をあっさり振ったのはあなただったじゃない。
それなのに、あなたも私と同じ気持ちを抱えてただなんて、おかしい。
……でもそれが本当なら、こんな腹立たしさを軽く凌駕するくらい、嬉しい。
「自分から別れといて、めちゃくちゃ言ってるのはわかってる。でも俺、二度と同じ後悔はしたくないんだよ。梨乃と一緒じゃない未来なんて、もう考えられない」
「本当?」
私の両頬を包んだ彼の手に、そっと自分の手を添える。
「信じられない?」
不安げに眉を寄せ、私を見つめている。
ナビのディスプレイの光を受けている瞳が揺れている。
「私も、奏太が好き。私だってこの10年間、奏太を忘れたことなんて一度もなかった」
堪えられず、私は涙を目からこぼしてしまった。
雫が伝い、彼の手を濡らす。
「奏太と一緒にいる未来を、私も、想像していいの……?」
ああ、もう二度と無様に泣くもんかって、思っていたのに。
私の決意が台無しだ。
問いに対する答えが聞こえる前に、私の視界は暗転した。
唇に柔らかいものが触れ、息が止まる。