くるまのなかで
奏太は指輪をしていない。
日焼けの跡もない。
左手の薬指は、もう何度も確認した。
だから勝手に独身だと思っていたけれど、彼のように手の汚れる仕事をする人は、そもそも結婚指輪なんて着ける習慣はないのかもしれない。
浅はかだった。
それに、彼は『彼女はいない』と言ったけれど、『妻はいない』とは言わなかった。
同じように『独り暮らしではない』と言ったけれど、『実家暮らしだ』とは聞いていない。
奏太の意図があってのことだろうが、全部私の勝手な憶測だった。
時間についてもおかしいところがある。
私の仕事の都合もあるが、5月に私を迎えに来てくれていた頃から、彼と会うのはいつも午後10時過ぎだった。
遅くなって申し訳ないと思っていたけれど、「俺もそれくらいがちょうどいい」と言う。
実際、私が休みの日でも、会えたのは午後9時半過ぎだった。
宇津木自動車の仕事は午後5時頃に終わるらしい。
それから夜まで、毎日何してるの?
疑問には思っていたけれど、深く考えたことはなかった。
でも、さっき三人で歩いている様子を見て、ピンと来た。
きっと午後9時頃までは、パパ業の時間なのだ。
私と会う時は、カズと呼ばれたあの少年を寝かしつけてから由美先輩に何かと理由を付け、外に出ていたのだろう。
そう考えれば辻褄が合う。