くるまのなかで

この日の午後10時過ぎ。

そろそろ仕事を切り上げて帰る準備に取りかかろうと思っていると、内線電話が鳴った。

ディスプレイには『正門受付』と表示されている。

私は何の考えもなしに、反射的に受話器を上げた。

「はい、第二部一課の小林です」

『あー、小林さん。お疲れさまです』

聞き慣れた田辺さんの声だ。

「お疲れさまです。どうされました?」

この時間になると、もうさぽーとこーるのコミュニケーターはみんな退勤している。

お迎えの連絡なんて、もうないはずなのに。

『入場許可の確認です。小林さんのお迎えで、名前は徳井さん、車種はシルビアの白です。あ、春にもいらっしゃっていた整備屋の方ですよね』

奏太だ……!

心臓の動きがいやに速くなる。

「あ……はい」

私が電話にも出ないし会いたくないなんて言ったから、会社の駐車場で待ち伏せるという強行手段に出たようだ。

そうまでして私に会いたかったのだろうか。

由美先輩がいるくせに。

『あれ、でも小林さん、今日は普通に車で出社されましたよね?』

私がここで入場許可を出さなければ、田辺さんが彼を追い出してくれる。

奏太はそれを承知の上で会社までやってきたはずだ。

でも、いずれ話はしなければならない。

私から振ってやると決めたのだ。

「ちょっと調子が悪いみたいで、呼んだんです。入場を許可していただいて大丈夫ですよ」

私はそう言って、受話器を置いた。


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