くるまのなかで

彼氏という存在を失ってしまった私は、母の墓参りくらいしかすることがない。

こういう時こそ遠方にいる友人と羽目を外したかったが、その友人たちこそ彼氏と呼ばれる存在とやれ海外だのやれ沖縄だの、旅行へ行くという。

私は寂しい女である。

こんな状態で、新たな恋など見つかるのだろうか。

私は深いため息をつきながら、社内システムの勤務状況を『退勤』にした。

他部署の深夜組に挨拶をしてセンターを出て、ロッカーから荷物を取り出す。

廊下に出ると、目の前をスラリとしたイケメンが歩いてきていた。

「お、不幸顔の小林がまだいる」

この男にだけは会わずに帰りたかったのに。

「不幸顔って何ですか」

身も心も疲れているのに、枕木チーフは余計におもしろがっていじってくる。

「男に浮気されて別れたんだっけ? 明日からの休み、何すんの?」

「別れたことに変わりはないけど浮気じゃありませんでしたよ。つーか傷をえぐるのやめてくれませんか? 母の墓参り以外に予定はありませんけど問題あります?」

一気に捲し立てると、彼は楽しそうにゲラゲラ笑う。

「あっはっは。色気のねー夏休みだな」

なんか、気が抜けるなぁ。

腹を立てるのもバカバカしくなってきた。

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