くるまのなかで
湿った雑巾を脇で搾る。
散った水が私のジーンズに染みる。
だけどすぐに乾きそうだ。
「しかもそれを隠したまま私と付き合おうとしてて、結局別れちゃった」
当然だが、返事はない。
風さえ吹かない。
セミの鳴き声と、他の墓でお参りしている人たちの話し声が聞こえるだけ。
それでも母が聞いてくれていると思って、家にいる時と同じくらいの声量で語りかける。
「付き合って2回しか会ってないのに、早すぎだよね。最長記録も最短記録も奏太だよ、私」
——それでも梨乃は奏太くんのこと、好きなんでしょ?
「……うん」
母に尋ねられた気がして、私はあてもなくそう呟いた。
撒いた水が水蒸気になって、腕を撫でる。
そっと手を合わせて、目を閉じた。
「また来るね」
私は残りの水を碑石の周辺にまんべんなくかけて、墓を後にした。
あれだけかけたのだから、母もしばらくは涼しいだろう。