くるまのなかで
他に頼れる人はいない。
でも、別れたのにいいのかな?
今日は宇津木自動車も休みのはずだから、どこかに出掛けているかもしれない。
由美先輩とモト先輩の墓参りとか、しているかもしれない。
だけどこのままじゃ車は動かないし……。
バッグから携帯を取り出し、発着信履歴から『徳井奏太』の名前を見つける。
背に腹は代えられないよね。
だって車が動かないんだもん。
タップしようとして、なかなか勇気が出ない。
1ヶ月ぶりに声が聞けるかもしれない嬉しさとか、だけど奏太は由美先輩と彼女の子供と暮らしている悔しさとか、別れを切り出した自分が今さらどんな話し方をしていいかわからない緊張とかが、全部タップしようとする指にのしかかって、動かない。
私はいったん、発信を諦めた。
エアコンの効かない車内は暑いので、外に出る。
LINEを立ち上げ、久しぶりに奏太のトークを開き、メッセージを作成。
『お久しぶりです。もし忙しくなければ、ひとつ相談したいことがあるんだけど、今電話してもいい?』
送信。
既読になるのを見るのが怖くて、すぐにホームボタンを押す。
息をついて、車の影にしゃがみ込んだ。
「カー、カー」
そんな私をバカにするように、近くにいるカラスが鳴いていた。