くるまのなかで
「何か飲みもの持ってくるね」
「ああ、ありがとう」
氷を入れたグラスに麦茶を入れ、コースターにのせてテーブルへ。
奏太はすぐに半分ほど飲んだ。
意識している自分が恥ずかしい。
「おかわりたくさんあるから遠慮なく言って。お米が炊けるまでもうしばらくかかるし、味噌汁でも作ってくるからテレビでも……」
「ダメだ」
間をもたせるように焦って喋っていた私の言葉を、奏太が絞り出すような声で遮った。
目を閉じ眉間にシワを寄せ、頭をバリバリ掻いて立ち上がる。
「え?」
普段私しかいない空間に男がひとり増えただけで、こんなに狭く感じるものなのか。
彼との距離の取り方を掴めずにいると、彼はいつの間にかわずか数センチのところにいる。
「梨乃って、いつもいい匂いがするよね」
「ちょ、奏太……?」
洗ったばかりでまだ少し湿っている彼の手が、私の頬を優しく包む。
私は息が上手にできなくなった。
「風呂上がりだし、すっぴんもかわいいし、二人きりだし」
「え、なに、どうしたの?」
彼の手から、どんどん熱が入り込んでくる。
この位置はエアコンの風が直接当たっているのに、全然涼しくならない。
きっと私の顔からも熱を発しているからだ。
「俺なんか、部屋に入れちゃダメでしょ」
頬に触れていた手が、スルッと後頭部へ滑っていった。
次の瞬間、唇に柔らかな刺激を感じる。
何が起きたかを理解した瞬間、全身の血液が暴れだした。