くるまのなかで

母がずっと独身で、男と付き合っても騙されてばかり。

女の幸せというものを生で見たことのない私は、マンガやドラマ、小説、映画などの影響もあって、幸せは男がくれるものであり、自分が好きな人と結ばれさえすれば、自動的に幸せになれるとばかり思っていた。

でも、どうやらそうではなかったらしい。

生きていれば試練は訪れるし、幸せになるには戦わねばならない。

不安や心配事が尽きることはないし、これまでの人生で負った傷が消えることもない。

“めでたしめでたし”で一生ハッピーなんて、実際にはありえないのだ。

それがわかったから、現実を受け入れ、今ある幸せを守るために頑張りたい。

「男前だな」

「よく言われます」

「ちょっと前までメソメソしてたくせにな」

「チーフってほんとデリカシーないですよね」

「この俺にそんなものが必要か?」

顎に手を添え、不敵に微笑む。

その自信がうらやましい。

「ハリボテって言葉をご存知です?」

「俺の辞書にそんな言葉はない」

彼はそう言って、また一枚書類をめくった。

いけ好かない彼の顔面をよく見ると、目の下のクマが濃くなっている。

新事業の立ち上げのための業務が、まだ落ち着いていないのだ。

それでも「お疲れですか? 無理はしないでください」だなんて、絶対に言ったりしないけれど。

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