くるまのなかで
声色にほんのニュアンス程度、鋭さが含まれた。
「はい」
何か穏やかではないようなことを言われる気がしてならない私と清香先輩は、一瞬視線を合わせる。
「奏太のことで相談があるの。今夜にでも、ちょっと顔貸してくれない?」
あの頃と変わらぬ笑顔と話し方。
なのにここまで緊張するなんて、私はこんなに臆病だったのか。
「わかりました。もちろんです」
逃げたって仕方がない。
彼女にとって、奏太の恋人である私は邪魔な存在だろう。
私という存在があるから、彼女は現在の住まいを失うことになった。
今回の短期バイトだって、もしかしたら引っ越し費用を稼ぐためなのかもしれない。
奏太だけに解決を求めるのも間違ってはいないと思うけれど、私たちは元々友人同士であるし、一度は“友好的に”話し合うべきだと、前々から思っていた。
私たちはベストなソリューションを求めているだけ。
別に傷つけ合いたいわけじゃない。
私は手に持っていた携帯を操作して、由美先輩にディスプレイを見せる。
「昔から変わってないですけど、私の番号です。こっちはLINEのID。検索すれば“コバリノ”で出てきます」
彼女もそれを見ながら自身の携帯を操作した。
「ありがとう。帰ったら奏太と相談してから連絡する」
息子のカズくんのことは奏太に頼める。
幸い大学はまだ夏休みだ。
「わかりました。仕事が終わるのが夜なので、午後10時を過ぎると思います。それでも大丈夫ですか?」
「うん、平気。奏太に聞いてたから知ってるよ。じゃあまた後でね。清香も、今度ゆっくり話そうね」
「うん……またね」