くるまのなかで

怒鳴ってやりたいが、夜中で近所迷惑になるため、理性で声のボリュームを抑えた。

声で発散できなかった分のストレスが腹の底で疼き、熱を持っている。

私の言葉に由美先輩が逆上して、熱々の紅茶が顔に飛んでこないかヒヤヒヤする。

そういう事態を考慮すると、9月といってもまだ暖かいし、冷たい麦茶にすればよかったかもしれない。

……なんて考えていたが、紅茶が飛んでくることはなかった。

どんな言葉が返ってくるのだろうと身構えていたが、彼女はしばらく何も言わなかった。

その代わり大きな瞳に涙を溜めて俯き、唇を噛む。

泣いたってダメだ。

我ながらキツいことを言ったとは思うけど、間違ったことなんて言っていない。

彼女が声を発したのは、それから1分弱の沈黙の後だった。

「……だったら、モトを返してよ」

「え?」

返してって、どういう意味?

ていうか、どうしてここでモト先輩が出てくるの。

「モトが死ななければ、あたし、あんな男と結婚なんてしなかったし離婚だって絶対しなかった」

元旦那さんのことは知らないけれど、モト先輩と結婚できていれば、離婚なんて事態は想像できない。

彼が亡くなってしまったのは心から残念だ。でも。

「先輩。今は“たられば”の話をしている場合じゃないでしょう?」

由美先輩はトートバッグからタオル地のハンカチを出して、涙が溢れそうな瞳を押さえた。

そして、震える低い声で、はっきりと告げた。

「あんたがモトを殺したくせに」

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