くるまのなかで
私はそこで初めて、鳴っていた携帯電話に手を伸ばすことができた。
「もしもし」
『梨乃? 俺だけど』
彼の声を聞いた瞬間、さっき由美先輩から聞いた話のイメージが脳内で音声を持ち、よりリアルに感じられるようになった。
「奏太……」
『由美から聞いた。平気か?』
平気だって言わなくちゃ。
私がここでダメだって言ったら、きっと奏太はここに来てしまう。
もし今の状態で彼の顔を見てしまったら、由美先輩の話がヴィジョンを持って、きっと私は事実の重圧に堪えられなくなる。
「あ……」
言葉が出ない。
口が回らない。
直後、代わりに働きだす涙腺。
まるで蛇口をフルに捻ったように涙が溢れ出した。
堰を切ったように嗚咽が漏れ、私たちの高機能な携帯電話がその音をリアルに伝えてしまう。
『梨乃。すぐ行く』
そう聞こえたが「ダメ」と口から出す間もなく、玄関の扉が開く音がした。
由美先輩が出て行ったのにも気づいていなかった私は、施錠をしていなかった。
彼の言った“すぐ”がすぐ過ぎる。
どうやらここまで来てから電話を掛けてきたらしい。
「梨乃!」
機械を通さない彼の声が聞こえ、私は驚き条件反射でそちらを向く。
部屋の扉を勢いよく開けた奏太は、泣きじゃくる私の姿を見るなり、もらい泣きしそうな危なっかしい表情で私を抱きしめた。