くるまのなかで
「迷ってる暇があったら即刻別れろって怒られたよ。梨乃の未来がかかってるのに、悩むバカがいるかって。自分だって、由美と別れろって言われたらゴネるくせにな」
「モト先輩……」
せっかく少し落ち着いてきたのに、余計に泣けてくる。
脳内のイメージに、モト先輩のクリアなヴィジョンが追加された。
「今だからネタバレするけど、別れるって決めたとき、まず始めにおばさんに会ったんだ」
「えっ、お母さん?」
「うん。決意が鈍る前にね。さすがに本当の理由は言えなかったから、おばさんにも泣かれて困ったけど。でも、それが俺の本意でないってことは気づかれてたと思う」
私の知らない間に、そんなことが……。
あの日、私が帰ったらタイミングよくお風呂が沸いていて、いい香りのする入浴剤まで入っていたのはそういうことだったの?
「今まで色々、黙っててごめん。モトも、俺も、おばさんも、野中先生も。みんな梨乃のこと、応援してただけなんだ。もちろん、由美だって」
「由美先輩も……?」
『あんたがモトを殺したくせに』と言ったときの震える声は、今でも頭の中でリフレインしている。
応援していたなんて、モト先輩が亡くなるまでの話。
今現在は、モト先輩を亡くすきっかけを作り、奏太をも奪おうとする私を憎んでいるのだから。
「さっきだって、帰ってくるなり“コバリノに酷いこと言っちゃった”って落ち込んでたよ」
「そうなの?」
鼻声での問いに、奏太はゆっくり頷いた。
「すぐに梨乃のとこに行けって言ったの、由美だしね」