くるまのなかで

由美先輩……。

いつの間に帰ったのか覚えていないけれど、ショックで茫然自失していた私を心配してくれたんだ。

奏太のことが好きだって、言ってたのに。

取られたくなくて、無意識に彼の腕を握っていた手に力を込めた。

それに気づいた奏太は、私の手をそっと包み、もう一度キスをしてくれた。

「この10年、由美にとっては上手くいかないことの方が多かったから、溜まってるものがあったんだと思う。梨乃に言ったこと全部が本心じゃないよ、きっと。ただの八つ当たり」

八つ当たり……で済ませるには、話がハードすぎる。

10年間、彼女は一体どれほどの苦労をしてきたのだろう。

「先輩、奏太のこと好きだって」

「そんなの、恋愛的な意味じゃないよ」

「嘘。奏太と結婚するつもりだったって言ってたもん」

「しないよ。いつか梨乃とするんだし」

さも当たり前のようにサラッと告げた奏太。

こんな心理状態でも胸がキュンと疼き、悲しみや絶望と複雑に混ざっていく。

そのおかげで、冷えていた指先にやっと温度が戻る感覚がした。

ホッとして少しずつ体から力が抜けていく。

腑抜けてズルズル滑っていく私を、奏太が支えてくれる。

強くなるために励んできた自分がこれでは情けない限りだが、今は許してほしい。

私が涙を見せられるのは、奏太だけだ。

好きな人に包まれる幸せ。

愛される幸せ。

甘えられる幸せ。

もう、失いたくない。

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